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歌舞伎とは?起源や歴史を知るとドンドンハマる!日本人なら知らなきゃ損

日本の伝統芸能として、古くから親しまれてきた歌舞伎。

ぶっちゃけ私は、テレビによく出ている役者の名前くらいしか知りませんでした。

日本人に生まれたのだから、ちょっとは歌舞伎のことを知っても良いんじゃないかと言う事で、色々調べたらめちゃくちゃ面白い!

なんでもっと触れなかったんだろうと後悔しました。

最初は、「歌舞伎のことを知っていたら、誰かにうんちく垂れて自慢できるかな」くらいの考えでした。

しかし、気が付けばそんな事どうでも良いくらいハマってしまいました。

海外でも非常に人気が高いので、おそらく日本人なら誰でも好きになると思います。

今回はそんな歌舞伎について、超わかりやすく説明します。

大人の嗜みとしても絶対オススメです。

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目次

歌舞伎とは?

出典:Wikipedia

歌舞伎は、戦国時代の終わりから江戸時代初頭にかけて京で流行した大衆演劇です。

日本固有の演劇で、1965年に「重要無形文化財」に指定されています。

芝居踊り音楽の3要素で人々を楽しませることを追求し、芸術にまで高めたものです。

能、狂言、文楽(人形浄瑠璃)と歌舞伎の違い

日本古来の芸術には能や狂言、文楽(人形浄瑠璃)がありますが、それらは武家に守られて発展してきた背景があります。

信長や秀吉、家康も好んでいたと言う記録がある一方で、あまり庶民には馴染みのないものだったようです。

対して歌舞伎は、庶民向けの娯楽としてエンターテイメント性が高いと言う特徴があります。

音楽で例えるなら、貴族が愛したクラシック音楽と庶民が熱狂するロックやストリート音楽のような違いでしょうかね?

実際に歌舞伎の観客は、町民や武士などの大衆がほとんどだった事からも違いをイメージしやすいと思います。

演目の内容も、能や狂言、文楽(人形浄瑠璃)は室町時代に人気があった古典を題材にしているのに対して、歌舞伎は当時の庶民の生活や遠い昔の時代物を元に作られたものが多いです。

ただ、歌舞伎の中には能や狂言を元に作られた演目もあり、共通点も多いのですが、歌舞伎は演出がメチャクチャ派手なのが特徴です。

それもそのはず、当時常識外れの派手な服装や行動をして、人々の注目を浴びることを「傾(かぶ)く」と言い、そう言った人の事を「かぶき者」と言いました。

今で言う「やんちゃ」って感じの意味です。

そんな「かぶき者」ってすごく目立ちますから、その服装を取り入れて踊れば注目度満点ですよね。

歌舞伎ができた当時は、能や狂言が正統派とされる一方、歌舞伎は異端な感じだったんですね。

歌舞伎の歴史

1603年に出雲大社の巫女である出雲阿国が、修繕費用を集めるために、一座で各地を踊って回って踊った「かぶき踊り」が起源と言われています。

歌舞伎の祖、出雲阿国

当時は仏教の禁制で女性が人前で踊ることが許されていなかったため、阿国はかぶき者のような男装で踊っていたそうです。

その姿が話題となり、京都で爆発的な人気を博します。

これまた音楽で言うと、ロックを広めたビートルズで例えるとわかりやすいかも知れません。

他には、ブレイクダンスを日本で広めた風見しんご的な感じ?

小さい頃よく真似しましたが、ちょっと古すぎますか?

他にも、日本語ラップを広めたスチャダラパーとか?

まだ古いかもしれませんが、大衆向けに新しいものが広がって人気が出るって、そんな感じだったんでしょうね。

女歌舞伎と遊女歌舞伎

出典:Art,etc.

1607年には江戸城にも呼ばれて、江戸でも評判となります。

もともと阿国の踊りは、男装をした阿国と女装をした阿国の夫が濃密に戯れるという物で、異様な高揚感から、踊りの最後には演者と観客が入り乱れるような「色」の濃い物でした。

そんな阿国の踊りの真似をした女芸人による集団もたくさん現れます。

これが「女歌舞伎」です。

しかし中にはただ踊るだけでは食べていけないようなのもいるので、より色をつけ始め、本当に体を売るなどどんどんエスカレートして行きます。

さらに、遊女屋が興行のために行う「遊女歌舞伎」も流行ります。

江戸でも吉原が客寄せのために歌舞伎を踊っていたそうです。

そんなこんなで「女歌舞伎・遊女歌舞伎が流行ってしまうと風紀が乱れる」と言うことで、とうとう幕府に禁止されてしまいます。

実際に、歌舞伎は今でも「女人禁制」ですが、これが原因なんですね。

どこかの団体が「差別だ!」と言わないことを願います。

美少年による若衆歌舞伎

出典:Art,etc.

その後、元服(成人)していない美少年が女装をして踊る「若衆歌舞伎」が流行ります。

しかし、これも男色家を呼び風紀が乱れるということで禁止されてしまいます。

LGBTの概念がない江戸時代に、ゲイなんていたの?って思うかもしれません。

なんとびっくり、実は今よりメジャーだったそうです。

男色について書かれている最古の物は、なんと「日本書紀(!)」だそうです。

それ以降も「万葉集」や「伊勢物語」や「源氏物語」など、わりと当たり前のように流行っていたみたいです。

のちに武家社会でも、男色文化「衆道」って言うのもありますし、学校では習わない事実を知ってびっくりしました。

それだけ男色が流行っていたので、政府が禁止するというのも仕方ないのかなと思います。

野郎歌舞伎

出典:日本史事典.com

でも歌舞伎って、話は面白いし人気もあったので沢山の人が再開を願います。

若衆歌舞伎が禁令された翌年、仕方なく幕府は条件付きで歌舞伎を許可しました。

条件は

成人男性がやる:女性も若衆も出演させない、成人男性だけの「野郎歌舞伎」であること。

話の内容で魅せる:色ものを出さず、より写実的で劇的な徹底した芝居を見せると言う意味の「物真似狂言尽くし」と名乗る事

と言う2つの条件です。

こうして歌舞伎は、演舞的なものからより演劇的な要素を強めて行きます。

荒事と和事

歌舞伎には荒々しい男と、なよっとした男が出てきます。

荒々しい男は、少年漫画に登場するような豪快でカッコいいヒーローのような男。

対してなよっとした男は、症状漫画に出てくるような繊細で頼りない、でもモテると言うものです。

前者が登場する、豪快でワクワクするような話は、江戸で「荒事」として誕生しました。

顔に「隈」を描き、悪者をバッタバッタとやっつけて、ピンチを乗り切るような話です。

初代市川團十郎が大名屋敷で「荒事とは何か?」と聞かれ、障子から襖から部屋中めちゃくちゃにして「こう言うものです」と言った逸話もあります。

また、後者が登場するような話は「和事」として、上方(京都)で誕生しました。

金も力も無く、ちょっと突けば転んでしまう「つつ転ばし」と呼ばれる若くて優しい男だけど、モテてモテてしょうがないと言うような物です。

アホなくらいのんびりして、おっとりとした台詞回しが色気に繋がっていきます。

初代坂田藤十郎には、光源氏が蘇ったかのように女が群がったそうです。

東西で異なる歌舞伎が生まれたわけ

それぞれ地域別に、異なる趣向の話が好まれた背景は、当時の人口比率が関係しています。

江戸は、江戸幕府の開幕に合わせて都市建設真っ只中。

全国から出稼ぎで男たちが集まって来ており、女は大奥と吉原しかいないなんて言われていました。

逆に京都では「女は家事に育児と使い用があるが、男は後継以外不要」と言われるほど女性が多かったそうです。

と言う事で、江戸は男だらけの町、京都は女だらけの町となり、それぞれに好まれる芝居が誕生したと言う訳です。

歌舞伎が結んだ東西交流

昔は車や電車なんてありませんから、江戸も京都も異国ほど違っていて、それぞれに文化が発達しました。

江戸時代では、まだまだ文化の格式も西高東低だったので、まずは上方(京都)で認められなければと言う風潮もあり、多くの歌舞伎役者が上京したそうです。

もちろん初代市川團十郎も上京しています。

それぞれ荒事、和事に衝撃を受け、自分達の芝居に取り入れて、歌舞伎の話はより複雑化、多様化して行きます。

例えば「曽我物語」に出てくる曽我兄弟の兄・十郎は和事で、弟・五郎は荒事で演じると言うように、東西それぞれの良いところが合わさって、より芝居が面白く、魅力的なものになって行きました。

数々の不遇を乗り越えて

江戸時代、爆発的な人気を誇った歌舞伎ですが、その人気のせいで幕府から弾圧されることも多かったです。

金を使いまくるわ、女を抱えて子供を作りまくった将軍徳川家斉。

個人的には大好きですが(羨ましい)、その時老中になった水野忠邦が行った「天保の改革」によって、歌舞伎がめちゃくちゃ弾圧されます。

もう「歌舞伎役者なんて人間じゃねえ」くらいの酷いものだったそうです。

歌舞伎は上からの圧力に負けないとか跳ね返すような庶民の話が多く、ずっと武家政権からは面白く思われていなかったせいもあります。

しかし、明治維新で時代が変わると、再び人気を博します。

九代目市川團十郎は、明治という新時代を読んで、歌舞伎を近代的に改革した大俳優です。

その後、戦争によって歌舞伎は再び大衆の娯楽からかけ離されてしまいます。

それまでは、読み書きは出来ないけど歌舞伎のセリフは知っていると言った人も多かったそうです。

また、歌舞伎の話をもとにした映画もあったり、歌舞伎で例えた方がわかりやすいと言うほど人々の生活に根付いていました。

しかし戦時中は、娯楽なんて二の次三の次ですから、それまでの日本文化と断絶されてしまいます。

仕方なしに、大衆の「娯楽」から「教養」になってしまったんです。

でもねでもね、歌舞伎はもともと時代を反映するものです。

現代の歌舞伎役者がしっかりと今の時代を反映させています。

三代目市川猿之助が始めた、演出をより派手にした「スーパー歌舞伎」。

「若者の街渋谷に江戸の歌舞伎を」と言う事で、十八代目中村勘三郎と人気脚本家の宮藤官九郎、演出串田和美で「コクーン歌舞伎」を上演。

さらに市川海老蔵、中村獅童による「六本木歌舞伎」など、歌舞伎はこれからも進化し続けて行きます。

まとめ

いかがだったでしょう?

歌舞伎の知識をつけて、歌舞伎を楽しむ事が出来ると、ちょっと大人になったなぁって感じます。

と同時に、「こんなに楽しい事、なんでもっと前から知っておけばよかった」と後悔してしまいます。

普段の生活の中でも歌舞伎にまつわるものもたくさんあり、そう言ったものに気づくきっかけにもなります。

今だからこそ色々な人に、歌舞伎の面白さを知って欲しいです。

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